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抗がん剤2回目

乳がんの記事については、順を追って説明しようと思っていましたが
そうしているうちに、現在進行中のことがどんどん過去の出来事になり
忘れて行ってしまうので、もう諦めました。
ということで、いきなり、現在のこと!

抗がん剤1回目は、順調に行った~と思っていたのに
2回目に行ったら、血液検査でアウト!
好中球(白血球の一種)の数が少なすぎるという理由です。
これって、自覚症状はないのですが、感染症にかかる危険が高いので
実は抗がん剤治療中の副作用の中では一番怖いものです。
治療中に肺炎で死んじゃったりしたら、元も子もないからねえ。

自分としては、凄く元気だったので、この結果には驚きました。
でも、この2回目の治療を予定していた日は、
前回の治療から、完全に3週間経過していなかったので
白血球数が回復しきっていないのは、そのせいもあったかもしれません。
ということで、その点はあまり気にならず。

でも、治療スケジュールが変更になることをあまり想定してませんでした。
抗がん剤を打つと、その後10時間くらいは吐き気に襲われて何も出来ないし
そこから回復して、外出したり出来るようになるまで最低48時間はかかります。
それから、吐き気とは別に、5日後くらいに倦怠感が襲って来るので、
このときも、あまりいろんなことが出来ない・・・というようなことを考えると、
実は数日ずれるだけで、いろんな予定に影響してくることが発覚。
こういうことがあるから、治療中は何も計画が立てられないんだっていうのが
ちょっとがっかりでした。

3日後に出直して、このときは血液検査でなんとかOKが出たので
無事に2回目の抗がん剤治療を受けました。
でも、血液はちょっとギリギリの値だったようなので
この好中球っていう白血球を増やす注射を打つことになりました。
これは抗がん剤を打ってから24時間後に、お腹の脂肪にブスっと注射するもので
District Nurse(地域巡回ナース?)が訪問してやってくれることになりましたが、
点滴中にナースに自分でも打てるよって言われて、じゃあぜひ!っていうことで、
打ち方を教えてもらいました。

結局、翌日に念のためナースには家に来てもらって、
ナースが見守る中、自分で注射してみました!
結構、上手く行ったと思います。
これで、次回から自分で出来るな!

でもまた、この注射にも副作用があるのです。
もう、なんだか副作用の連鎖だ~。
骨髄に白血球をたくさん作らせる作用をするので
骨が痛くなるんです。体中の節々が痛くなる。老人みたいだ~。
この痛みが、抗がん剤の吐き気が治まって回復してくるあたりに始まるので、
なんとな~く調子良くない感じが、前回よりも長く続いていました。

そんな中、ピアノをちょっとがんばって練習していました。
震災1周年の日曜日に、友人主催のチャリティ・コンサートがあって
そこに出演する予定だったので。
ガンガンに練習は出来ないけど、少しだったら問題なく出来ていました。
ただ、コンサート前日にちょっと練習したら、かなり疲れました。
丁度、抗がん剤治療後5日目の倦怠感の日だったので
そのせいだな~と思って、練習はほどほどにして、あまり気にしませんでした。
その後だんだんしんどくなってきたので、翌日に備えてその日は早く休みました。
でもあまり眠れずに、翌日の本番を迎えたときは、ちょっと微熱がありました。

コンサートはなんとか乗り切りました。
変なミスもたくさんしたけど、本番で100%力が出せないのはいつものことで
別に体調は関係なかったかもしれません。。。
逆に、あの体調の割には上出来だったのかも。
滅多にない発表の場を得られて、たくさんの人に聴いてもらえたこと、
震災1周年を地元の日本人の仲間と一緒に追悼出来たこと、等を思うと
参加出来て本当に良かったです。

ただ、その後に体温が上昇していきました。
ストレスや疲労のせいなのか、ムスメの風邪がうつったのか、
発熱の原因は分かりませんが、とにかく抗がん剤治療中に熱が38度を超えたら
感染症の恐れがあるので病院に連絡しないといけないのです。
コンサートから家に帰る途中、
「次は病院かな~」なんて冗談で言っていたら、それが本当に!
帰宅後、熱を測ったら38度を超えていました。

病院に連絡したら、すぐ入院支度をして来いと言われ
経過観察で1泊くらいかな~と思っていたら、結局2泊しました。
大きな手術の後でも1泊なのに、38度の熱で2泊!?
それだけ、今の私の体は危険を背負っているということなのでしょうね。。。

生まれて始めて、相部屋に入院しました。
みんな同じ病気を抱えているので、自然と仲間意識があって
お互いに思いやって過ごしていました。良い経験でした。

私の熱は、病院でパラセタモール(解熱剤)と抗生物質をもらってから
すぐに下がり、そのまま上がることはなかったので、体調は良好でした。
血液も問題なしでした。(やった!と思いました。)
念のため、肺のレントゲンも取りましたが、それも異常なし。
でも、せっかくここにいるんだから、あと1泊様子を見ましょうと言われて
その翌日の退院する日の朝の血液検査で、また白血球が下がったことが判明!
え~、退院出来ないのかな~と心配しましたが
また例の注射を打つだけで解放されました。
しかし、今度の注射は、前回のとちょっと違うようで
副作用がすぐに強烈にやってきました。
腰が痛くて歩くのも億劫なくらい。
仕方ないので、またパラセタモール飲んで、何とかなってます。

もう薬はなるべく飲みたくないんだけど、これがガン治療と諦めるしかないですね。
同じ部屋で入院していた方は、もっと副作用がキツいらしくて
本当にしんどそうでした。精神的にも参っているようでした。
それに比べたら、私の副作用はまだまだ軽い方です。

そんな感じで、今日から無理をしない程度で、一応日常生活復帰です。
私が不在中にひっくり返っている家の中を、少しずつ片付けなければ~。

告知のとき

クリスマスが終わって落ち着いた12月29日。
私は再び、病院へ行った。今度はダンナと一緒に。

たまたま義弟夫婦が泊まりにきていたので、子供たちのベビーシッターを頼めたのは都合良かった。
でも、悪い結果を聞かされた場合、その直後に、彼らと顔を合わせないといけないことは憂鬱だった。

待合室で待っていると、前回とは違う女性が私の名前を呼んだ。
この間のコンサルタントじゃないんだ、と思ったのもつかの間、
コンサルタントは部屋で待っている、私はナースの某だと自己紹介された。

今ここで誰かが、わざわざ自分の自己紹介をするということは
この病院との縁がまだ続くという意味だ、と悟った。
ああ、悪い結果なんだ、と思った。

案の序、部屋に入ると、コンサルタントとナースの雰囲気も、もうそのものだった。
もう挨拶なんていいから、早く要点を言ってくれと思う。

「残念ながら、悪いニュースです。ガンでした。」

でも、言われてみると、やっぱり嘘みたいに聞こえた。
ガンの告知?
ダンナをまたこんな目に合わせてしまった!?

それから、私のガンの種類がまだ乳管に留まっている状態なことや
リンパには転移していなそうなことを説明した。

今考えると、それはすごく良いことなのだが
そのときは、そんなことどうでも良いように思えた。
ガンかガンじゃないかと心配していたのだから
どの程度のガンなのかまで心配している余裕はない。
ガンだったら、どんなんでも、もう終わりじゃん?
みたいな気持ちで聞いていた。

「あなたの胸は小さいので、申し訳ないけど全摘出になります。」と言われて
そういうことは、今まで全く考えてなかったことに気がついた。

「手術と同時にリコンストラクションを希望する場合は、今からサイズを測らせてもらいますが、
どうしましょうか?」
と言ったところで、コンサルタントの話が終わった。

え、りーこんすとらくしょん?おっぱいを作るってこと?
ちょっと、ちょっと、いきなりそういう話になるの~???
かなり戸惑った。
乳房再建とか考えたことないし。その前にガンの話はどうなったの?

「ちょっと、そういう話は今はよく分からないです。。。」と言うと
ナースもコンサルタントも「今はショックだもの、無理もないわね~」と、
とても同情的に私を見た。
今なら私は何を言っても許されそうな雰囲気だった。

そこで私からいろいろ質問した。
「乳房再建とかどうでもいいんですけど、それよりも私はどのくらい生きられるんですか?
ステージはどの程度なんですか?手術した後の治療とか長くかかるんですか?」
すると、とっても早期なんだからいつまででも生きられるのよ~と言われる。
手術後の治療も何も必要ないと言う。

えっ???
想像していた話と全く違うので、また戸惑った。
この人たち、本当のこと言ってるの?私に何か隠してるんじゃない?
とにかく、告知されたときは、そんな感じだった。

それから、ナースと別室に移り、ゆっくり話し合うことになった。
とにかく、ガンは外科手術して取る必要があるので、そのときに乳房を再建するかどうか
早く決めておく必要があるのだという。
再建した人の写真など見せてもらったが、やっぱり偽物感はある。
だって、乳首がないんだもの。リカちゃんのオッパイじゃあるまいし。
乳首も人工で作れるっていうんだけど、そこまでして~?と思ってしまうのは
やはり年のせいなのかな?私はおっぱいへのこだわりがあまりないようだ。
シリコンを入れたり、水の入った袋を入れたりするのは、体に異物を入れることになるので
どうも嫌だと思ったし、自分の肉をお腹から持ってきたりする方法は、
確かに異物ではないけど、手術が大掛かりになって、傷跡が増えて、回復に時間がかかる。

告知された直後で、自分の判断力に自信があったわけではないけれど
多分、後でゆっくり考えたとしても、私は再建を選ばないように思った。

乳房再建なしの手術をお願いし、
その後のスケジュールは後日連絡を受けるということで
その日のナースとの話し合いは終わった。
それから病院のカフェに行って、お茶を飲んだ。
そこで子供たちのことを考え始めたら、泣けてきた。
私がちょっと咳をしただけでも心配するのに
手術が必要な大きな病気になったなんて言ったら、どんなに心配するだろう?
なんでこんなことになってるの?これが本当に現実なの?

それでも、しばらく泣いていたら落ち着いてきたので、家に帰ることにした。
義弟夫婦には後でダンナから説明してもらうことにして、何も言わなかった。
でも、私が無口なので、何かおかしいというのは察していたようだ。
子供たちは、相変わらずwiiに夢中になっていたので、放っておいた。
私の様子が変だとは思わなかったようだ。

義弟夫婦の滞在はこの日が最後だった。
彼らが家に帰った後、私はインターネットでいろいろ調べ始めた。

私のガンはその時点で、非浸潤性乳管がん(DCIS)と診断されていた。
その病名を調べてみると、転移する前段階の状態なので
しこりさえ取ってしまえば完治するのだという。
つまり、命の心配はしなくていいのだ。

ぱあっと目の前の霧が晴れたような気がした。
そうか、ガンは転移するから怖いけれど、転移しないガンっていうのもあったんだ。
病院で言われていたことは、本当だったんだ。
私は大丈夫なんだ!!!

しかし、命の心配がなくなった途端に
今までどうでも良いと言っていた、おっぱいを無くすことが
急に悲しく思えてきた。

Breast Clinic 初体験

12月20日、Royal Marsden Hospital の Rapid Diagnostic and Assessment Centre へ行った。
その前に予約確認の手紙と病院情報や検査内容についての冊子なども送られて来ていたので
ざっと目を通してあった。
Royal Marsdenは1851年に世界初のがん専門病院として誕生し、
今も世界をリードするがんの検査、治療、研究、教育の専門機関であるそうだ。
乳がんの疑いがある人向けの検査は通常、マンモグラフィーと超音波、更に追加検査が必要な人には細胞診(FNA)組織診(CNB)が行われる。画像診断だけの場合は結果は即日に判定。そうでない場合は、結果は後日となる。

最初にコンサルタントによる問診と触診があった。
ここではあまり心配されていないようだった。
こういう、よく動くタイプのしこりは、若い女性に多いんだけど・・・と言われる。

次にマンモグラフィー。あまり不安に思っていなかったので
初マンモ体験を楽しんで受けた。
放射線管理区域のマークを、携帯写真に撮ったりしていたくらいの余裕。
案の定、私の胸は元々小さい上に2度の授乳後で萎んでさらに貧乳になったので、
マンモグラフィーの撮影は難しそうだった。
最初にしこりのない方の右胸を撮ったときは、何度も取り直した。
私の胸はDenseだと何度も言われた。脂肪分が少なくて密度が濃いという意味らしい。
マンモの画像でDenseな胸は全体的に白く映るのだが、がん細胞も白く映るので見つけにくいらしい。
私もその画像を見せてもらった。なるほどな~と思った。
右胸は何度も取り直したのだが、左胸は取り直しがなかった。
しこりのある左胸を挟まれたときはかなり痛かった。

次に超音波検査。待ち時間はそれほど長くなくてスムーズに進む。
超音波は慣れているので、珍しいことはさほどない。
こちらはマンモと反対に、しこりが黒い陰となって映る。
大きなしこりを見つけたようで、大きさを測っていた。
そして、「あなたが触れたしこりが、ここでも見えますので、針生検をやります。」
と言われた。やはり疑わしいんだな、と思ったが、良性の場合でもよくあることだと思ったので
それほど気にしなかった。むしろ組織診できちんと判断してもらった方が安心だった。

この針検査は、Core Needle Biopsyという。日本語では組織針生検。
まず局部麻酔をする。麻酔はすぐに効いて、その周囲の感覚はなくなる。
次にかなり太そうな針をぶすっと刺す。超音波の画像を見ながらターゲット近くまで針を押し込む。
堅いところに、ぎゅうぎゅう押し込んでる感じは、痛くはないけど不快な感じ。
針先がターゲット直前まで来たところで、手元の何かをカチッと押すと
針先がぴゅっと伸びて、針の中に細胞を採取するらしい。
針を取り出して中身(ただの血にしか見えない)を出していた。1度目は成功したらしい。
何だか分からないぼんやりした超音波の画像を見ながらスポットを当てて行われるこの作業、
もの凄いスキルが必要に違いないと思った。
サンプルを4つ取ると言っていたのだが、2回失敗した。上手く細胞が取れないらしい。
3度目も失敗して、やってくれている人が、どうしようか途方に暮れていた。
少し考えて、私に「まだ痛くない?行けそう?」と尋ねるので、大丈夫だと答えた。
「じゃあ、あと1回だけ、別の針を使ってやってみるわ。痛いかもしれないけど、また後日足を運ばなければいけなくなるよりは良いでしょう。」と言って、4度目のトライ。
麻酔の効き目は早く切れるらしくて痛みもだんだん増して来た。しかし、これも失敗だった。
細胞を取りたいしこりが堅くて、針が中へ入らないらしい。
しこりが堅いということは、悪い兆候なのか?と不安になる。

何か痛み止めを持っていたら、それをすぐに飲むように勧められた。
たまたま、その日はカバンの中にParacetamolが入っていた。
「え、家に帰ってからじゃなくて、もう今すぐ飲んだ方がいいんですか?」
と聞いたら、そうだと言う。もし自分で薬持ってなかったらどうなるの???
着替え終わって、待合室に戻る頃には、痛みが増して来た。
もっとゆっくり痛み出すのかと思っていたのに、あっという間だった。
急いで、薬を飲むも手遅れだった。すでにかなり痛い。
痛さが私を余計に惨めに不安にさせ、既に病人のような気分になった。

最初に問診をしたコンサルタントに再び呼ばれた。
そこで、少しWorryingな結果だったと言われた。
受付で検査結果を聞くために29日に予約を入れるように言われた。
そして、次に来るときは誰か同伴者がいた方がいいとのこと。

つまり、かなり怪しいっていうこと?
まだ結果が出てないうちから心配させるようなこと言わないで欲しいと
ちょっと腹が立つ。気分は晴れない。
大丈夫だった~という結果を期待していたのに。
針生検で細胞サンプルが十分に取れなかったようなので
多分、次回来たときにも、はっきりと結果は分からないのではないかと思った。
こうして結果を待つ時間が更に長くなるのは嫌だな~と思った。

ダンナは、「な~に、大丈夫だよ!こんなに元気なんだから!」と言ってくれた。
そうであって欲しい。とにかく、今はいろいろ心配しても仕方がない。
太い針をぶすっと刺した痛みが、左胸にかなり残っていたが
目の前に迫ったクリスマスを、何とか楽しく乗り越えなくてはならなかった。

しこり発見からGP受診まで

2011年11月16日か17日の夜だった。
確かダンナは出張でいなかった。
ひとりでベッドに横になってたとき、偶然触れた左胸にしこりを見つけた。

もともと授乳中は乳腺炎になったり、ごつごつしたタイプの胸だったので
これまでも、しこりかな?と思うことは何度か会ったけど
その度にこれは違うな、生理周期で堅さが変わった乳腺だな、という確信が何故かあった。
でも、このときは、今まで感じたことのない、確実に「しこり」と思えるものだった。
もしや!と焦った。

最初に思い浮かんだのは子供のこと。
私が乳がんだったら、子供はどうなるんだろう?
自分のことよりも、子供のことが不安だった。
でも、落ち着いて考えると、まさかね・・・という気持ちの方が強くなった。

気になることは何でもネットで直ぐに調べる私は、
当然のごとく、ネットでいろいろ胸のしこりのことを調べた。
乳がんのしこりは豆粒のようで、堅くて根を張ったように動かないとのこと。
私のしこりは、よく動く。堅くもないように思う。
ただ、私のは普通最初に発見する乳がんのしこりよりも大きいみたいだ。
こんなに大きくて形がはっきりしてるのに、今まで気がつかなかったのは不思議だ。
急に大きくなったのか?
とりあえず、翌日GP(かかりつけ医)に診察の予約を入れた。

胸を検査してもらうので、女性のドクターの方がいいし
子供が学校に行っている間の時間帯に看てもらいたいと思ったら
そのときは女性のドクターがひとりホリデー中だったこともあり
GPは予約が3週間先まで一杯だった。
もちろん緊急扱いにしてもらえれば、即日でも看てもらえるのだが
別に急ぐこともないだろうと思って気長に待つことにした。
3週間後にはしこりがなくなってるかもしれないと思った。
待っている間、不安に押し潰されるかもしれない思っていたけれど
そのうち、しこりが小さくなってるような気もして、段々安心してきたので
不安はときどき思い出すくらいで、普通の精神状態だった。

3週間の間にしこりの形が変わっていた。
最初は小さくなったと思ったんだが、
どうやら小さくなったというよりは、形が変わったようだった。
最初に発見したときは確かに球状のしこりだったと思うのだが
それが枝豆のような細長い形に変わって行った。
他の場所にも前にはなかった小さいしこりが出来ているような感じがした。
ただ、相変わらず、よく動くしこりだった。根が張ったような感じは全くない。
乳頭からの分泌液もない。
乳がんの特徴である、皮膚が引き連れた感じとか、くぼみもない。皮膚の色も変わりない。
でも、最初は外から見て分からなかったしこりが、だんだん見えるようになった。

12月8日にドクターに会った。
ドクターも動くしこりなので、悪性ではないだろうと言ってくれた。
これは気を利かせてくれたのかもしれないが。
しかし、両乳とも全体的に堅いと言われたし、悪性でないと断定は出来ないので
専門医へリファー(紹介)してくれることになった。
ドクターがパソコンの画面を見ながら「どこの病院がいいかしら?」と尋ねる。
こちらにそんな選択肢があるとは思わなかったのでびっくり。
どこでもいいので、なるべく早く検査が受けられるところでとお願いしたら
Royal Marsdenという病院を勧められた。
初めて聞く病院名。Suttonにあるというので、それなら遠くないからいいなと思う。
後に、この病院がイギリス屈指のガン専門病院であったことを知る。
その場で2週間後のアポが予約出来た。
NHSなのに、予想外にとても素早いのでびっくり。

ドクターの精密検査が必要だという判断は
念のため、という感じではなかったので、多少不安になったが
やはり検査してもらった方がいいに決まっているので
リファーしてもらって、まあ良かったなと思った。

それまで、しこりの話はダンナにはしていなかった。
心配症のダンナに余計な心配はさせたくなかったから。
でも、病院の検査を受けるとなったら、話さないわけにはいかない。
検査の日は丁度、長く続いた大仕事が終わった直後で、何の仕事も入ってなかった。

「胸にしこりがあって、小さくはなってるんだけど、念のため検査しといた方がいいと思って
病院に行くことになったから、この日の子供たちのピックアップを頼みたいんだけど、仕事休める?」
という感じでダンナには話し始めた。
彼は、「うん、早く検査しといた方がいいよね。」という反応で
そんなに心配している様子でなかったので安心した。
(本当は心配していたようだけど、何でもないように振る舞ってくれていた)
それでも、彼は一緒に病院に行きたがったのだけど、それは断った。
子供たちのピックアップを誰かに頼んだりして、事を大げさにしたくなかったから。
それに、万が一悪い結果だったとしても、それは検査日当日に分かるものではない。
この日にがん告知されるわけではないので、大丈夫だからと説得した。
子供たちには、病院に行くとは言わずに、友達に会いに行くと嘘を言っておいた。

早く検査して安心して、リラックスしてクリスマスを迎えたいな~と思っていた。
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プロフィール

ゆきこまる

Author:ゆきこまる
イギリス在住、二児の母、なんちゃってピアノの先生、でもほぼ専業主婦です。ピアノを弾くこととネットで日本のテレビを見るのが一番の楽しみ。乳がんを経験してからは、健康オタクにもなりました。

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